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猫に首輪をつければ



 ジャジャ丸と呼ばれる野良猫とカラスが、会話というか、どうみても口論にしか見えない行為を数回にわたってしてたところを、たまたま下校の途中に通りかかった吾咲が目撃していたのが、すべての始まりです。
 ジャジャ丸は、ボス猫というほでではないにしろ、近所でも「貫禄がある」との定評を得ている野良猫で、どうやら、カラスのほうがそのジャジャ丸を呼び止めているらしい。ジャジャ丸のほうは、「カァカァ」と話しかける(鳴きかける?)カラスに、いかにも大義そうにみじかく「にゃん。にゃあにゃあ」とひとしきりこたえ、カラスのほうが絶句すると、さっさとその場を去ってしまうのです。
 そうした「会話している」としか見えない場面に数回にわたって遭遇した吾咲が、「猫やカラスは独自の言葉を持ち、会話できるのではないか」との疑問を抱いても無理もありませんでした。吾咲は、まだ小学校三年生なのですから。
 だが、そうした疑問を、夕食のさい、吾咲は、おじさんである特朗に話しました。その後に起こった一連の騒動は、すべては特朗がこの疑問を解明しようとしたことから起こったものなのです。
「オニキスも言葉が解るのかな?」
「オニキスに直接聞いてみればいい」
 一年中白衣姿で、でっぷりと太った黒猫のオニキスを頭に乗せていることからも解るように、特朗はかなりの変人でした。特朗は、吾咲の母の弟、つまり、おじさんにあたります。
「わたしはネクシャリストだ!」と、普段から豪語していますが、吾咲の母をはじめ、ご近所での風評では「典型的なマッドサイエンティストだ!」といわれています。定職には就かず、奇抜な発明品の特許使用料と幾つかの会社の株式を持っていて、それで生活費と研究費を捻出していました。
 吾咲の母の定子は仕事の都合で家を空けることが多く、吾咲も月の半分くらいは、特朗の家で寝起きしています。半ば、同居しているようなものでした。
「動物がどの程度言語に頼ってコミュニケーションを行っているか、これはなかなかに微妙な問題でねえ。あるチンパンジーの例では、三才児程度の語彙なら十分使いこなせるそうだ。まあ、声帯の構造とかが違うから、手話とかに頼るわけだが」
「猫やカラスは?」
「カラスのほうはともかく、猫はかりにも哺乳類だからなあ。それなりの知能はあると思う。
 まあ、音声言語だけではなく、ジェスチャーや体臭などの手段も『言語』のカテゴリーに入れるとすれば、われわれが普通に想像するより、かなり複雑なコミュニケーションもしていると思うよ」
「それって、人間にも解るの?」
「うーん。解読できないこともないだろうが……こういう仕事には、データの膨大な蓄積と、それらの解読と整理という地道な作業が必須でねえ。すぐに、というわけにはいかない」
 と、やおら食べかけの夕食をそのままにして、席から立ち上がり、
「……うーん。そうか。臭い言語と身体言語までを含めた、猫語の翻訳の可能性か……」
 と、ぶつぶつつぶやきながら、自分の研究室のほうへと歩いて行きました。なにかアイデアを思いついたとき、周囲の状況に頓着しなくなるのはのは、特朗の癖です。特朗の頭の上に乗っているオニキスが、「またか」というように盛大に欠伸をしました。

 特朗がようやく研究室から出てきたのは、三日後のことでした。
「吾咲、これをつけてみなさい!」
 と、学校から帰ってきてテレビを見ていた吾咲に、奇妙な「もの」を差し出します。どうみてもそれは、「猫耳」、「尻尾」、「鈴つき首輪」にしか見えませんでした。
「わたしの計算がたしかなら、ヒト─ネコ間コミュニケーションを飛躍的に向上させるはずだ!」
 どうやら、また新しい発明をしたようです。
「まずこれは……」
 と、「猫耳」を示します。
「集音器とイヤホンを兼ねたヘッドセットだ。
 次に、これは……」
 と、「尻尾」を示します。
「アンテナ兼疑似尻尾だ。人間側のジャスチャーを助けるだけでなく、集積したデータをリアルタイムで専用サーバに転送することができる。また、サーバから最新のデータを自動的にダウンし続ける。
 そして最後にこれは、……」
 と、「鈴つき首輪」を揣摩しました。
「急遽開発した『臭いプロセッサ』が仕込まれている。その時々に一番ふさわしい「臭い」を、その場で合成することができる。
 これらの三点セットを装備してデータを蓄積していけば、かなりスムースなコミュケーションが可能になるはずだ」
「……これ全部つけられる人って、かなり勇気があると思う」
「なにをいう!
 これは人類史上かなり画期的な発明なのだぞ! すでに中本の社長さんに量産をお願いしてきた。これは猫好きに売れるぞう。うん」
 中本の社長さんというのは、特朗とウマが合う、半導体などの精密機械を作っている会社の社長さんです。会社の規模は小さいですが技術面では定評があり、かなり大きな会社の製品のプロトタイプ製造を任されることも多いようです。
 そして、特朗と仲が良いことからもわかるように、かなりの変人で、なにかにつけて悪ノリするのが大好きです。
 特朗の強い勧めにあって、吾咲が「猫耳」、「尻尾」、「鈴つき首輪」の三点セットをつけ、四つん這いになってオニキスに向かって「にゃあ」と鳴いてみたときでした。
「特朗! 吾咲こっちにいる?」
 と、吾咲のお母さんの定子さんが帰ってきたのは。定子さんは、しばし茫然として四つん這いになっている吾咲と特朗の間に視線をさまよわせ、その後で大声を上げました。
「あ、あんた!
 いい年して独身だと思ったら、こういう趣味があったのね!」
「ご、誤解だ、姉さん! わたしは男性にも女性にも幼児にも性的な興味はない! 第一、そういう姉さんだってシングル・マザーじゃないか!」
「余計なお世話よ、この変態! これじゃあ吾咲を安心して預けられないじゃない!」
「だから、それは誤解だって! 落ち着いて話を聞いてくれ! 頼むから」
 結局、吾咲のお母さんの定子さんが落ち着くまでに、三十分以上の時間がかかりました。
「まあ、大体の話しは解ったわ。でも、却下」
 定子さんは、特朗にいいました。
「あんたはねえ、昔っから頭は良かったけど、どこか抜けてるのよね。常識がないっているか。
 今どき、猫耳だの尻尾だのを喜んでつける人がどれくらいいると思う? こんな格好悪いもの、進んでつけたがる人なんか、どこにもいないわよ。第一、猫語を翻訳するにしても、商品としてみるなら、精度はあまり関係ないわね。いい?」
 といって、吾咲から猫耳ヘッドセットをひったくるようにして奪い、自分でつけて、オニキスに話しかけました。
「はい、オニキス。ごきげんいかが?」
 猫耳ヘッドセットが、
(にゃおにゃお)
 と、オニキスに語りかけます。
「にゃぁー」
 オニキスは、いかにも面倒くさそうに、欠伸まじりに一声鳴きました。
「『うるさい』ですって」
 ヘッドセットを通して翻訳された内容を、定子さんは特朗と吾咲に伝えます。
「ほれみなさい。猫の言葉なんて、しょせんこの程度のもので、苦労して翻訳するほどの……」
 と、定子さんがいいかけたとき、
「にゃ。にゃにゃにゃにゃにゃっ。にゃにゃん」
 と、普段は無口なオニキスが、突然猛然と鳴き始めました。
 定子さんの耳には、その鳴き声がすべて翻訳されて聞こえます。
(定子どの、それは偏見というものですよ。われら猫族は、人間などよりよっぽど思慮深い生き物だ。特に白猫のジャジャ丸など、一種の賢者といってもいい)
 定子さんの口がポカンと開きます。
「にゃにゃにゃにゃん。にゃあにゃあにゃあ。にゃにゃにゃにゃあん」
(飼い主だから贔屓するわけでもないが、両種族間の交流をより円滑なものにしようという特朗どのの発明も、これでなかなかのもの。発音はイマイチだが、機械にしてはなかなかうまい猫語をしゃべる)
「定子さん、オニキスの言葉、翻訳されてるの?」
 定子さんは、吾咲に「お母さん」とは呼ばせず、名前で呼ぶように、と、しつけています。「お母さん」なんて呼ばれると、なんだか年寄りくさいから、だそうです。
「……まあね」
「にゃんにゃんにゃん。にゃあにゃあにゃあにゃあ」
(われら猫族のほうは、人間の言葉なぞ、とうの昔に聞き取っている。むろん、吾咲どののいっていることも、解っていますぞ、と、伝えてくだされ)
「あんたのいうこと、昔っから解ってたってさ。オニキスが」
「わ! ほんと!」
「つまり、うまく機能しているんだね、わたしの発明は」
「まあね。で、でも、性能と商品価値は別よ!
 まず、三点セットはだめ。あまりにも、あー、ファッション的に問題が多いわ。それに、オニキスによると、猫のほうは人間の言葉はわかるそうだから、猫語を人間の言葉に翻訳する機能のみに絞るべきね。
 というわけで、中本のおじさまには、三点セットの製造をキャンセルして、猫語を人間の言葉に翻訳する首輪を発注しなさい」
 と、有無もいわせぬ口調で親子電話の子機を特朗にズイッ、っと押しつけます。

 こうして、数日後、特朗が開発して中本工業が発売した「にゃん語ろ首輪」(中本さんの提案で、こういう商品名になりました)は、市内のペットショップに置かれるや否や、飛ぶように売れました。続いて発売された「わん語ろ首輪」(これも、中本さんの命名です)も、同じようにすごい勢いで売れました。
 そして、市内には、首輪ごしに人間の言葉を話す猫や犬が、大量に出現したのです。
「にゃあにゃあ(うざってぇなぁ)」
「わんわん(お散歩お散歩)」
「にゃんにゃん(腹減った)」
「くーん(眠いんだけど)」
 しかし、飼い主たちが喜んだのは、せいぜい最初の一月ほどでした。ある程度の期間が過ぎると、飼い主たちはペットたちのあまりにも素直すぎる言葉に、むしろ不快な思いをすることが多くなるようになりました。
 そして、町には「にゃん語ろ首輪」や「わん語ろ首輪」をつけた野良猫や野良犬が急激に増え続けました。
 繁華街では朝晩、まるで戦争のような、決まったように大規模な餌の奪い合いが起こり、大通りで大規模な隊列を組んで首輪ごしに元飼い主たちの無責任さを主張するデモを行ったり、種族を超えて郎党を組んで食料の盗難などの意図的な非合法活動に走るものが出たりで、市内は大騒ぎになり、ようするに立派な社会問題と化してしまったのです。
 市民の不満と不安の声を受け、市議会が急遽召集され、「にゃん語ろ首輪」や「わん語ろ首輪」は発売禁止となり、発売元の中本工業と開発者の特朗には、製品の回収命令が出されました。
「にゃん語ろ首輪」や「わん語ろ首輪」は、無線で専用サーバとデータのやり取りをする構造だったので、特朗が電波の発信元を追尾する捕獲ロボットを開発すると、捕獲ロボットが犬や猫を捕まえるさいにそれなりのの被害はだしたものの、さほど時間をおかず、すべての首輪の回収は完了しました。
 そして、人々は混乱の記憶をきれいに忘れ、もとの平穏な日常を回復したのです。

「にゃあ(腹減った)」
 ただ、たったひとつ以前と違うのは、オニキスの首にはあいかわらず「にゃん語ろ首輪」があることです。なぜなら、オニキスの首輪は買ったものではないから回収しなければならない義理はありませんし、それ以前に、オニキスは大変賢い猫だったので、なにも悪いことをしないからです。
 それ以来、あいかわらず特朗の頭の上にでんと居すわっている黒猫オニキスは、首輪ごしに人間の言葉をしゃべるようになったのでした。


作者:岩舘 野良猫氏
作者サイト:酩酊亭ENTERTAINMENT
掲載URL:猫に首輪をつければ[新窓]

- この小説の著作権は岩舘 野良猫氏に帰属します -

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